長い間、国家公務員をしていた父は、ほとんど三年おきに転勤していました。
本当に仕事人間で、家族一同引き連れて、誰一人、文句も言わずついて歩いていました。
今なら、絶対単身赴任させられているのではないでしょうか。
幸せな時代だったのかもしれません。母は、二年後にはまた運ばなくてはならない、荷物を開ける必要のない不用品と大きく書いて持って歩いていました。不用品なら、捨てればいいと言ったお手伝いにきた課の方に、とんでもない、今はいらないけれど、最終的にはいるのだと不思議なことをいっていました。
その父が、定年退職をして、故郷にかえっていきました。ついの住処である家に落ち着いたあと、頼まれて老人会の会計などをやっていました。
ゲートボールに誘われることはあったのですが、若い頃にテニスできたえた方でしたので、どうも足が向かなかったみたいでお断りしていました。
それでも、好きな釣りの合い間に、何かした方がいいと母にも勧められ、しぶしぶながらグラウンドに出ていきました。
若い頃から、剣道をしたり、テニスをしたり、ラグビーをしたりとスポーツの得意な父でしたから、ゲートボールもあっというまに覚えてしまいました。
そして結構楽しんでいました。
おかげで、グッズもとりそろえ、孫が来たときには、一緒に試合をするのだと出かけていくほどでした。
歩くことで健康にもいいし、仲間ともコミュニケーションがとれて、一緒に活動することもふえて楽しそうでした。